
田中 聡
立教大学 経営学部 准教授
人的資源管理論、組織行動論、チームワーク論を専門とする。次世代経営人材の育成、新規事業部門の人材開発・組織開発、若手社員の組織適応と経験学習、ミドルマネージャーの発達などを研究。慶應義塾大学商学部卒業後、東京大学大学院学際情報学府修士課程・博士課程を修了。株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)、株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現パーソル総合研究所)を経て、2018年立教大学経営学部助教、2023年より現職。著書に『経営人材育成論』(東京大学出版会)、『シン・人事の大研究』(ダイヤモンド社)、『チームワーキング』『「事業を創る人」の大研究』など(共著を含む)
新規事業に向いている営業人材とは?
松下和誉(以下、「松下」)
新規事業の立ち上げを支援していると、営業を経験してきた方が新規事業のリーダーになるケースが多い印象があります。先生の研究から見て、新規事業に向いている営業人材には、何か共通する特徴があるのでしょうか。
田中聡准教授(以下、「田中」)
確かに、営業職を経験されている方のほうが、事業が立ち上がっているなという印象がありますね。いくつか理由があると思うんですけど、結局どんな新規事業も顧客をつくるところからじゃないですか。どんなに新しくて画期的な事業アイデアを着想しても、それに対価を払ってくれる顧客がいなければ事業として成立しません。
ですから、顧客のことをきちんと理解していないと、新規事業は立ち上がらない。顧客に一番近いフロントラインに立っている営業の方は、そこに親和性が高い、というのが一つです。
それからもう一つは、社内をどう動かしていくのか。ある意味で、全方位的な営業ですよね。既存事業に対して「お客さんを紹介してほしい、営業に同行させて欲しい」と求めるばかりだと距離を取られてしまうので、いかに既存事業にメリットを返せるか。
しかも、既存事業の視点に立って自分たちの新規事業を眺めて、常にどう見られているのかを察知しながら、先回りしてWin-Winをつくっていかなきゃいけない。
本質的には営業的な視点ですよね。顧客の立場に立って、自分たちがどう見られているのか。そこに対する感度の高さというのは、ずっと開発畑にいた方よりも、営業を経験している方のほうが近いのかなと思います。
あとは、メンタル的なタフさ、打たれ強さですね。よく言われるのが「学習志向性」です。失敗を能力の限界と捉えるのではなく、学びの機会と捉えて次に生かそうとする姿勢のことですが、新規事業は、手数をどれだけ打てるかに尽きるんですよね。
成功確率そのものを高めるのは、なかなか難しい。しなくていい失敗を未然に防ぎ、最小限に抑えることはできます。でも、3割バッターが4割、5割になれるかというとなれないんですよね。
ですから、一定の打率をキープしながら、いかに打席数を増やすか。そこが新規事業の本質です。毎回うまくいかず壁にぶつかったときに、「自分には才能がない」とか「能力の限界だ」と落ち込んでいたら話にならない。
壁にぶつかったら、すぐに別のアプローチを試し、そこから学ぶ。そうやって、どれだけ手数を増やせるのか。そう考えると、一定の精神的なタフさが必要になると思うんです。

松下
中小企業では、僕らがCxO(Chief x Officer)として入って事業を任されるケースもあります。大企業は自分たちで進める一方、どちらも営業が行き詰まっているという感覚があります。中小企業の方が学習指向性が高いようにも感じますが、それが人によるものなのか、周りの支え方によるものなのか。いろいろな観点から考える必要があると思っています。
田中
私の友人でもある某コンサルティング会社CEOのA氏は、「顧客に300回足を運べるか」とよく言っています。
300回足を運んでいたら、本質的なものが何なのかが分かるし、ちゃんと届けられる。だけど、多くの人は5回やってダメだったら、もうやめようとなっちゃう。だから究極的には、胆力・体力みたいな世界なのかなと思います。 しかも、それを明るくニコニコやっている。周りから見ると「すごく努力しているね」と思うことであっても、本人からすると当然のことだと思っている。努力をあまり努力だと思っていないというか。そういう人が、新規事業を立ち上げていくのだと思います。

経営人材は「管理職の延長線上」では育たない
松下
なるほど。では、経営人材として成長していく人には、どのような特徴があるのでしょうか。
田中
私が『経営人材育成論』で書いているように、経営人材っていうのは十分に育成できます。ただ、日本企業はこれまで、そこに対して十分な投資をしてこなかったんだと思うんですね。
優秀な管理職が、そのまま上がりのポストとして経営職に就くケースが多かった。しかし、必ずしもミドルマネージャーとして優秀な人材が、経営者として優秀かというと、そうじゃない。
だから、どっちが悪いという話じゃなくて、それぞれに持ち場、自分が得意とする領域があるはずです。管理職として有能な人を無理に経営人材に引き上げるというのも、なかなか酷なので、経営人材に求められる力から逆算して、早い段階から必要な経験を付与していくのがいいと思います。
松下
人事・組織・教育の観点から、企業に入ってからの人材育成を計画的に行う必要があると思います。経営人材を育てるうえで、大学や企業での教育に一定の型や正解はあるのでしょうか。
田中
リーダーの育成に必要なのは、基本的には経験です。よく「リーダーの成長の70%は経験から、20%は他者からの薫陶から、10%は研修から」と言われます。ただ、管理職の延長線上の仕事をどれだけやっても、なかなか経営人材にはなれません。管理職は与えられた課題を効率的、効果的に解く一方、経営人材は自ら課題をつくりに行く必要があるからです。
そのためには、「何をやるか(WHAT)」「どうやるか(HOW)」ではなく、「なぜやるのか(WHY)」から問い直す思考を持てるような経験が必要です。慣れ親しんだ環境から離れ、不慣れな環境で高度な責任を背負いながら、自ら関係性をつくり、トラブルに対処し、変化を生み出していく。新規事業だけでなく、不採算事業の立て直しや海外工場の立ち上げでもいい。既存の保守本流から離れ、バッターボックスに立ってバットを振る経験が、早い段階から求められます。

「内省」と「言語化」から、行動の最中に自分を捉える
田中
経験学習には、経験して、そこから内省して、そこで得た学びを言語化し、次の経験に生かすというサイクルがあります。デイビッド・コルブの「経験学習モデル」として知られているものです。このサイクルをどれだけ速く回せるかが、人の成長を左右すると考えられています。
ただ、ある営業会社のトップセールスを見てみると、実は内省が決定的に少ないんですよ。いちいち振り返っていたら、その分だけ次の行動が遅くなって、手数が出なくなる。だったら、すぐに次のお客さんへアプローチしたほうが、その商材や営業スタイルには合っている。
だから、「振り返りや言語化が大事だから、毎日きちんとやりましょう」という型をそのまま当てはめても、優れたトップセールスに育つわけではないんです。

松下
行動すると、私のような人間でもなんとなく気づいてくるところがあります。最初から質を求めるとなかなか気づけない。だから、まず数を打つことが大事なのかなと思いつつ、営業人材をどう育成すればいいのか、型化できるものがあるのかと考えています。
田中
教科書的な話になりますが、人それぞれ持ち味が違うので、通り一遍の型を提示して、みんながそこに近づけばいいというわけではありません。一定のベースは整えつつ、それぞれのスタイルを生かしていくことが大切です。
その一つの切り口として、内省があります。ドナルド・ショーンという研究者が示した概念ですが、「リフレクション・オン・アクション」は、受注や失注などの後に、何が良くなかったのか、次はどうするのかを言語化しながら振り返るものです。
一方、「リフレクション・イン・アクション」は、行為の最中にもう一人の自分がモニタリングしているような感覚で、自分を捉えること。お客さんの反応を見て、瞬時に提案やモードを切り替えることです。
本当のプロフェッショナルは、このリフレクション・イン・アクションができる。ただ、それは本人にとって自動的にやっているようなもので、なかなか言語化できないんですよね。

松下
状況に応じて対応するには、経験によって引き出しを増やすことも必要なのでしょうか。
田中
引き出しを持っていないと、状況に応じても動けないですよね。変わらなきゃいけないことが分かっても、引き出しがないと無理。状況を読む力と、同時に引き出しの数を多くしていく、この両方が大事なんです。
「聞く」ことから始まる営業――型だけでは捉えきれない人材の育成
松下
状況を読む力は難しいですね。印象に残るエピソードはありますか。
田中
ある営業会社に、若手のトップセールスを次々に輩出する敏腕マネージャーがいました。その方に育成の極意を聞くと、「大したことはやっていない」と。ただ、一つあえてやっていることがあるとすれば、「昨日一日何やってた?」と、とにかく聞くんです。
直行直帰の営業スタイルで、新人は最初の1カ月ほど上司と営業に行き、その後は自分で売ってこいという会社でした。翌日、事務所に来た新人に「昨日一日何やってた?」と聞く。最初は「3社訪問して、こういう提案をして……」と話すんですが、せいぜい2~3分しか話せない。すると「一日について知りたいんだけど、3分しか話せていないね。もう少し詳しく話せるようになってから、もう一回来て」と返す。これを繰り返すと、やがて何時何分に起きて、何を考え、どんな準備をしたのかまで、スナップショットで切るように細かく話せるようになる。このように営業場面だけでなく日常の生活まで高い解像度で自分自身をメタ認知し、正確に描写できるようになってくると、自然と営業成績も伸びていくそうです。
そのマネージャーは幼少期にドイツでサッカーをしていて、「スキャニング」という、ピッチ上の選手の配置を把握し、上空から見るように状況を捉える訓練をされていたそうです。種目は全く違いますが、営業でも同じように、目の前の出来事をまるで上空からもう一人の自分が眺めているように取り組んでいると言います。また、ご自身の新人時代には上司から、商談前に「これから私の営業を隣で注意深く見ていなさい。そして、商談が終わった後に、私の営業の至らない点を3つ指摘してほしい」と言われ、1時間の提案を見て5つ指摘したところ、「そうやって、もう一人の自分を横に置いていくんだ」と教えられたそうです。
そのマネージャーが新人に求めていたのは、お客さんの顔色、発した言葉、身振り手振りなどを、深読みせず、そのまま読み取ること。「まんま受け取りなさい」ということです。この力が、多くの人に足りないんです。
松下
そう思って生きていると意識化がだいぶ変わりますよね。意識していない時間ってめちゃくちゃありますもんね。営業の観点もそうかもしれないけど人生においてとても要かもしれないですね。
田中
臨床心理学を研究されている東畑開人さんの『聞く技術 聞いてもらう技術』(ちくま新書)という本があるんですが、「聞く」と言うと、ついつい傾聴の「聴」をみんな意識する。だけど、本当に本質的に大事なのは「聞く」こと。会話一つとっても、ほとんど相手の話は聞いていないですよね。
うんうんとうなずきながら、実は自分が次に何を話そうかを考えている。相手の話は聞いていない。それって、簡単なようですごく難しいんですよね。
先回りして頭だけでいろいろ考えて、勝手にナラティブをつくり上げて、それがどんどん目の前の相手から乖離している。

松下
私たちは傾聴してヒアリングするように習ってきました。営業では、相手の仕草や言葉、金額も向こうから聞いてくるかで購買意欲を判断し、A・B・C・Dとランク付けしてフォローを決めています。
ただ、今のお話を聞くと、もっと素直にやったほうが、トータルでは取れるのではないかとも思いました。高単価の案件では、お客様が言っていない本質的な課題まで考える必要がありますが、アポが1日10件入るような営業では、ある程度捌くことになる。商材によっても変わります。最近は、コンサルティング営業を意識した提案より、「そうなんですね。こういうことなんですか。明日持ってきます」というほうが売れていると感じます。

田中
お客様自身が「これが欲しい」と明確に分かっている場合と、まだフワッとしている場合があります。後者なら、素直に聞くだけではラリーが永遠に続くので、「一緒に考えていきましょう」というコンサルティング営業的な関わりが必要になる。できる人というのは、自分の持ち味を素直に出したら刺さる場面を理解し、そこに自分のポジショニングを置いている。コンテキストを編集する、という感じがしますね。
松下
自社のプロダクトやサービスをお客様に届けるのが営業です。コンサルティング営業では、お客様がどうなりたいのかを一緒に考え、まだ見えていない本質的な課題を顕在化させる。そして、サービスの購入だけでなく、その後の成果につながるところまで伴走する。そうした信頼関係を築き、成果につなげられる営業人材を育成していきたいです。
田中
本質的には、自分と相性の合うお客様に入っていくか、自分を変えるか、その場を編集するかのどれかだと思います。でも営業って面白いですよね。総合芸術のような感じがします。
松下
勝ち筋がまだ見えていない場合は、営業人材だけに任せるのではなく、僕らも一緒に入って、どこが勝ち筋なのか、そもそもターゲットはどこなのかを考えます。場合によっては、プロダクト自体を変えなければ売れないこともあります。僕ら自身が実際に売ってみることで、見えてくることもたくさんあるんです。
基本的には、僕らが長く居続けるのではなく、できるだけ早く勝ち筋を固めて、メンバーの方々が自分たちでできるようになったら去る。実際に自分たちでやってみて、そこで見えてきたものを組織に残していくことが、営業人材の育成にもつながると思っています。

「振り返り」の前に必要な、出来事を正確に捉える力
松下
最後に、今回の対談を振り返って、営業について改めて感じたことはありますか。
田中
私自身、ビジネスパーソンとして最初に経験したのが営業でした。お恥ずかしながら、今振り返っても、自分には向いていない仕事だったなと思っています。でも、その分、営業がとても奥深いプロフェッショナルの仕事だということはよく理解しているつもりです。ですから、尊いというか、リスペクトする気持ちはすごくあります。
松下
僕らは営業活動を「準備・接触・提案・締結・フォロー」という5つのフェーズに分けています。でも、営業ってそれだけじゃない。お客様と接する部分だけを切り取っているだけで、正しく描写できていないのかもしれないなと感じました。
田中
傾聴が悪いわけではないんですよ。ただ、その前に、相手の言葉や表情を「まんま受け取る」という、もっとベーシックなところを押さえておかないといけない。
振り返りも同じです。振り返りは大事なんですけど、その前に出来事をちゃんと記憶していないと、人間は印象的なエピソードだけを持って振り返ろうとするんですよね。
でも、本当は上司として振り返ってほしいのは、その出来事の一つ前だったりする。それが本人からはスポーンと忘れられている。
ギブズの「リフレクティブ・サイクル」というモデルがありますが、その一番の出発点は「出来事の記述」、つまり何が起きたのかを正確に記述することなんです。そこを抜きにして、「何が良かったんだろう」「何が良くなかったんだろう」と急に振り返り始める。だから、その手前側のことをちゃんと丁寧に扱うことが、もしかしたら大事なのかもしれませんね。
まとめ:営業と経営人材の育成に共通する「経験を捉える力」
田中准教授との対話から見えてきたのは、新規事業、経営人材、営業人材の育成には、「経験から何を学び、次の行動につなげるか」という共通点があることでした。
ポイントは、大きく3つです。第一に、経営人材は管理職の延長線上では育ちにくく、意図的に異なる経験を積ませることが重要だということ。新規事業や不採算事業の立て直しなど、慣れ親しんだ環境を離れ、自ら課題をつくり、変化を生み出す経験が求められます。
第二に、経験から学ぶには、振り返る前に、まず出来事を正確に捉えることが必要だということ。行動の最中に状況を読み、自分の行動を変えていく「リフレクション・イン・アクション」も、こうした経験の中で培われます。
第三に、営業では、相手を先回りして解釈するのではなく、目の前で起きていることを「まんま受け取る」ことも重要だということ。相手の言葉や表情、行動を丁寧に捉えることが、状況に応じた対応につながります。
人材育成も営業も、決められた型を身につけるだけでは十分ではありません。実際の経験を通じて状況を捉え、そこから学び、次の行動につなげていく。その繰り返しが、人と組織の成長を支えていきます。
CLF PARTNERSは、現場で培ってきた知見と学術的な知見を融合させながら、お客様の営業組織の変革をご支援していきます。
