「自分で考えて動いてほしい」
そう伝えているのに、現場がなかなか動き出さない。指示を待つばかりで、できる人とできない人の差は開く一方。
そんな悩みを抱える営業マネージャーは、少なくないのではないでしょうか。成果が一部のエースに依存したまま組織が固定化してしまう、いわゆる「属人化」の問題です。
しかし、それは本当に「個人の能力差」の問題なのでしょうか。もしかすると、人が動き出せるかどうかは、能力ではなく”組織の設計”によって決まっているのかもしれません。
今回は、組織行動論を専門とする早稲田大学ビジネススクールの竹内教授に、CLF PARTNERSの松下が話を伺いました。前編では、「人が自ら動き出す条件」と「仕組みを現場に根づかせる条件」を、心理学・組織行動論の知見から解きほぐしていきます。
■取材協力先プロフィール

竹内 規彦
早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授
名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程を修了(博士(学術))。青山学院大学准教授等を経て、2012年より早稲田大学ビジネススクールにて教鞭を執る。欧州Evidence-based HRM 誌編集顧問、Asia Pacific Journal of Management 副編集長、経営行動科学学会会長、京都大学客員教授等を歴任。エンゲージメント、人的資本経営、シニア人材活用、働く人の心理と行動をテーマに、研究・教育・企業支援を行う。学術研究の知見を、職場や組織で活かせる形へと翻訳することを大切にし、組織と人の行動変容や改善に繋がる示唆を提供している。
目次
「やる気がある」だけでは、人は自ら動き出さない

松下和誉(以下、「松下」)
最初に伺いたいのが、営業における「主体性」です。営業現場では、属人化や受け身の姿勢など、組織の硬直化がさまざまな課題を生みます。組織行動論の観点から、どのような要素が揃ったときに、人は役割を超えて自律的に動くのでしょうか。
竹内規彦教授(以下、「竹内」)
多くの企業が本当に悩まれているテーマですよね。私が教えている社会人MBAのゼミでも、まさに今この点を議論しているところです。
まず整理しておきたいのが、「モチベーション」という言葉の捉え方です。実務の現場では、モチベーション=やる気とほぼ同じ意味で使われていると思います。ただ、単に意欲がある、意識が高いというだけでは、実は行動に結びついていない人も結構いるのです。
組織行動論では、モチベーションを単なる「やる気」ではなく、「何に向かって、どれくらい努力し、その努力がどれくらい続いているか」で見ます。つまり、行動に至って初めてモチベーションなんですね。
営業現場で重要なのも、単に元気があることではありません。お客様の変化を先に読む、気づきや商談データをチームに共有する、うまくいかなかった経験をもとに「次はこうした方がいいのではないか」と仮説を立て、それを検証してみる。指示されたことをこなす以上のことを、自ら行える人が求められているのだと思います。
人が自ら動くには、「できそう」「意味がある」「動ける余力」が必要

竹内
こうした、未来に向けて自分から働きかける行動を、組織行動論では「プロアクティブ行動」と呼びます。指示待ち行動とは全く違うものですね。
その背後にあるメカニズムとして、オーストラリア・カーティン大学のシャロン・パーカー教授が整理した「プロアクティブ・モチベーション」という考え方が、とても役に立ちます。自ら動ける行動には、大きく3つの要素が揃っている必要があるという整理です。
1つ目が「Can do」。自分にもできそうだ、という感覚を本人が持てているか。2つ目が「Reason to do」。それをやる意味や理由について、自分なりの答えを持てているか。そして3つ目が「Energized to do」。実際に動けるだけのエネルギーや余力が、心理的にも身体的にもあるか。
この3つが揃って初めて、自ら主体的に考え、動ける行動の基盤ができあがるのだと考えています。
松下
なるほど。3つに分けて言語化していただくと、現場で「あの人は動き出したな」と感覚的に感じていたことの正体が、急にクリアになりますね。
竹内
たとえば上司が部下に「新しい一手を自分で考えてほしい」と言うとします。私も学生につい言ってしまうことがあるのですが、そう言われても、顧客情報が十分になかったり、裁量が与えられていなかったり、あるいは「失敗したら責められる」という認知があると、人は先回りして動けません。言われたことをやるだけになってしまうのです。
これは本人に能力がないからではありません。「自分にもできそうだ」というCan doの感覚が持てない。やる理由が「上から言われただけ」という感覚しかない。あるいは日々のノルマで疲弊して余力がない。先ほどの3つの要素が満たされていないのです。
属人化した組織を、この観点から捉え直すとどうなるか。おそらく、Can do・Reason to do・Energized to doの3つが、一部のエースだけに集中しているのです。逆に言えば、その状態に置かれていない人たちは、言われたことをやるだけの人になってしまう。であれば、エースと同じ心理状態に、いかに他のメンバーを近づけていくか。ここが非常に重要なポイントになります。
松下
いや、もう、めちゃくちゃヒントをいただいている気がします。「なぜできてこないのか」を紐解いていく言語化が、日々なかなかできていなかったので、すごくイメージが湧きました。
上司の承認が、「自分にもできる」という感覚を引き出す

松下
論点が少し変わるかもしれないのですが、自分自身が「成長したな」と感じたときを思い返すと、新入社員の頃、上司がエース級の先輩と同じ視点で接してくれたことがありました。そのとき「自分ももっと頑張ろう」と思えたんです。あれは、3つのうちのどれだったのでしょうか。
竹内
おそらく3つすべてに関わっていると思います。人間には「セルフ・エンハンスメント・モーティブ(self-enhancement motives)」、つまり自分を高く見られたい、認められたいという欲求が常にあります。
上司がちょっと引き上げてくれたことで、「自分のことをそう見てくれているのか。じゃあ自分もできるかもしれない」と思えた。これがCan doです。「そう見てくれているなら、自分はそれだけの仕事をやる価値がある人間かもしれない」と思えた。これがReason to doですね。
そして「だったらしっかりやってやろう」と、それまで「ここまでしかできない」と思っていたエネルギーのリミッターが外れていく。これがEnergized to doです。承認という一つの関わりが、3つのスイッチすべてに効いたのだと思います。
松下
私たちのようなコンサルティング会社は、つい「業務を減らして再分配しよう」「ここをやってくれ」というアプローチに偏りがちな気がします。それはそれで、方向としては正しいのでしょうか。
竹内
もちろん、できる範囲を広げてあげる、ストレッチを作ってあげること自体は大切です。ただ、そのうえで重要なのが、できたことに対して、結果や数値だけでなくプロセスを見てフィードバックしてあげることです。
「この仕事の仕方が良かったよね」「こうするともっと良くなるかもしれないね」と、プロセスに対してフィードバックする。そうすると、本人も次に向けてモチベーションが上がっていきます。
仕組みを入れても現場が動かないのは、意図が伝わっていないから
松下
次に伺いたいのが、「仕組みが現場の行動に変わる条件」です。営業の仕組みを導入しても、現場がその意図を正しく汲み取れないことがあります。内発的に定着させるには、何が必要なのでしょうか。
竹内
プロセスの標準化は、ある意味で「仕組み」です。ただ、仕組みを導入したら人の動きが変わるかというと、人間はそう単純ではありません。私は人事制度や評価制度が、どう人の行動に伝わるかをずっと研究してきたのですが、その観点からお話しすると、仕組みには「表層」と「深層」があるのです。
表層とは、手順や数値指標、どんな記録を残すかという項目、評価の基準など、仕組みの中身そのもの。目に見える部分です。一方の深層とは、経営者やリーダーがその仕組みを使って何を意図しているか、何を大切にしているか、というメッセージ性の部分です。そして、現場の人たちはこの深層の部分をよく見ているのです。
私の研究でも、ある制度や施策が「なぜ実施されているのか」を従業員がどう解釈するかによって、その後の行動が変わってくることがわかっています。「社員の成長や充実のため」「会社の戦略を実現するため」と、経営者の真剣度が伝わると、学習や工夫、達成に向けた前向きで自発的な動機づけが高まりやすい。
逆に「どうもコスト削減のためらしい」「管理を徹底するためだ」「流行を取り入れたいだけではないか」と受け止められると、不安や義務感、やらされ感が強くなり、制度を最低限しか使わなくなってしまうのです。
営業でも同じです。たとえば商談の記録を残す仕組みを入れたとして、現場が「細かく監視するためだ」と受け止めれば、最低限の入力しかしません。しかし「お客様理解をチームで蓄積し、次の提案を良くするためだ」と伝わり、実際にその記録が会議で使われ、現場の育成に活用される事例が出てくると、「ちゃんとやっているじゃないか。だったら自分たちももっと協力しなきゃ」と、積極的に情報を残すようになっていくのです。
「なぜやるのか」を、リーダー自身の言葉で伝える

竹内
ですから、仕組みを導入するときに必要なのは、手順マニュアルや運用マニュアルを充実させる、説明会を手厚くやる、ということだけではありません。それにも増して、経営者や管理者が「なぜ今これをやるのか」「お客様にどんな価値があるのか」「現場をどう良くするのか」を、自分の言葉で、自分のナラティブで繰り返し伝えていくことが、すごく重要だと思うのです。
この「腹落ち」を、組織行動論では「センスメイキング(意味づけ)」と呼びます。現場一人ひとりが「この仕組みは納得だ」とセンスメイキングする状態をつくるには、逆にリーダー自身がまずセンスメイキングしていないといけない。意味をしっかり理解し、それを伝えてあげることが必要なのです。
松下
これはやはり、外部の人間が語るものではなく、組織のリーダーがメンバーに対して言うことが大事になってきますか。
竹内
そうだと思います。クライアント企業の新しい制度の導入を、私たちのような外部の人間が丁寧に説明しても、なかなか響かないんですね。むしろ、その制度を設計している方や、現場の中間管理職の方々が、「自分の言葉で」しっかりメンバーに伝えていくことが、すごく大事だと思います。
組織変革、特にトップ主導で進める変革では、ある種の「トリクルダウン」が起こります。意味のセンスメイキングが、上から順に現場まで伝わり、腹落ちしていくプロセスです。まずはコアメンバーがしっかり腹落ちした状態をつくり、その人たちが今度はエヴァンジェリストとなって、周囲や下のメンバーに腹落ちさせていく。このプロセスをつくることが、とても大事だと思いますね。
外部に任せるだけでは、組織は自走しない

松下
よくあるのが、「なぜ自分がやらなければいけないのか」と、なかなか納得してもらえないケースです。私たちが役職をいただいて、現場を改革してくださいと任されることもあります。ただ、本来こうしたメッセージは、私たちではなく、元々その組織にいる方々が語ったほうがいいのでしょうか。
竹内
最初から中の人たちだけで、となると、ハードルが高いと思うんですよ。だから最初は一緒にメッセージを伝えていくことが必要だと思います。
そのうえで、現場の人たちは本当によく見ています。「この人たちは、いずれいなくなるでしょう」と。そうすると、経営者の本気度が試されるわけです。「結局は外任せ、他人任せでやっているじゃないか」「ツールを作って変革すると言っているけれど、全部人任せだよね」と見透かされてしまう。
ですから、現場に本当に腹落ちしてもらうためには、手間はかかっても、中の人たちがしっかり汗をかく。そこを外部がお手伝いさせていただく、という形がすごく大事です。短期的な成果指標については、外部主導でいいものを導入すれば、短期的には上昇するケースはあります。けれど、大事なのは、会社が自走し、長期的にサステナブルな成功を積み上げられる組織づくりができるかどうかです。そのときに問われるのが、中の人の関与度なんですね。
松下
すごくイメージが湧きました。私たちは仕組みのような表層の部分は作りつつ、深層に関してはリーダーの方々に語っていただく。もしかすると、そのリーダー自身も、そこまで思い切れていない部分があるかもしれない。だからこそ、そこを一緒にコミットして、「よし、俺たちはこれでやっていくぞ」と本気で思ってもらうところまでが、私たちの仕事なのかもしれません。それをメンバーに伝えていただく。そんな伴走ができると、これまでよりいいコンサルティングができそうだと感じました。
仕組みと意味づけの両輪で、営業組織は自走し始める
「主体性」や「熱量」といった、現場で感覚的に語られてきた言葉を、竹内教授は組織行動論の知見で一つひとつ解きほぐしてくださいました。
前編で見えてきたポイントは、大きく3つです。第一に、主体性は個人の気質ではなく、「Can do・Reason to do・Energized to do」という3つのスイッチが揃った環境から生まれるということ。第二に、属人化は能力差ではなく”環境差”であり、3つのスイッチが一部のエースに偏在している状態だということ。そして第三に、仕組みは表層だけでは動かず、深層にある”意図”がセンスメイキングを通じて伝わって初めて根づく。しかもそれは、リーダー自身の言葉でしか伝わらないということです。
後編では、「数字は追えているのに新しい工夫が出てこない」組織の正体を、エンゲイジメントという観点から掘り下げます。さらに、人の成長と動機を支える「評価」と「フィードバック」のあり方について、引き続き竹内教授に伺っていきます。

