営業がうまかったマネージャーほど「罠」にハマる!? 青学大・松尾睦教授直伝の営業チーム変革術【前編】

営業パーソンやチームの成長を著しく妨げる「罠」があります。
特に、営業がうまくて成功体験のあるマネージャーほどハマりやすいです。

AIが発展し、人間の職業が消滅する…あなたの仕事がなくなる可能性さえ指摘される時代になりました。時代に適応し、個人で・チーム全体で営業成果を上げ続けるにはどうすればいいのか…。そのヒントを青山学院大学の松尾睦教授に伺いました。

■取材協力先プロフィール

松尾 睦

青山学院大学 経営学部経営学科 教授

1988年小樽商科大学 商学部卒業。92年北海道大学大学院 文学研究科(行動科学専攻)修士課程修了。99年東京工業大学大学院 社会理工学研究科(人間行動システム専攻)博士課程修了。博士(学術)。2004年英国ランカスター大学にてPh.D. (Management Learning)取得。岡山商科大学商学部助教授、小樽商科大学商学研究科教授、神戸大学大学院 経営学研究科教授、北海学大学院 経済研究院教授などを経て現職。『部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ』(ダイヤモンド社)など、著書多数。

経験学習で、売れる営業のパターンの再現性を高める

松下和誉(以下、「松下」)

今回取材をお願いしたのは、松尾先生が研究で重視されている「経験学習」と「アンラーニング」が営業パーソンの成長の鍵になると私は感じているからです。読者の皆さんのために、2つの概念についての簡単な解説からお願いできますか。

松尾睦教授(以下、「松尾」)

経験学習とは、経験した出来事をを振り返り、そこから教訓を引き出して、次の機会に応用するという一連のプロセスを指します。アンラーニングは「学びほぐし」とも言われており、時代や環境に合わせて有効性の低くなった知識やスキルを手放し、新たな要素を取り入れてアップデートする動きです。「捨てる学習」と言われることもあります。

松下

経験学習とアンラーニングが、営業活動においてどのような意味を持つか伺えますか。

松尾

成功の再現性を高めるために重要なのは、プロセスの丁寧な分析です。ここで「経験する→振り返る→教訓を出す→応用する」という経験学習のサイクルを回します。具体的には、営業活動によって売上が発生した際に「なぜ売上が生じたのか」を検証するのです。それを怠ると、次の営業活動で成果を生み出せません。

顧客に対するどのようなアプローチが売上に結びついたのか。成功パターンを確立することで初めて、営業は再現性を得られます。成果が上がっているときは、さらに効果的な方法を追究するのです。例えば、売上を上げた担当者に対して、「なぜ売上につながったと思う?」とマネージャーから質問してみるとよいでしょう。

はじめは、明確な答えが出てこないかもしれません。対話を繰り返していくうちに、「特定の訴求が顧客に刺さった」「関係性を構築して顧客の本音を聞けた」など、何かしらの理由が見つかるはずです。このように成功パターンを考察し、次のプロセスに活かすと再現性がどんどん高まっていきます。

営業の次のステージを目指すには、アンラーニングが必要

松尾

アンラーニングは、営業活動における成功を次のステージへ進めるときに効果的です。例えば、売上を数倍〜十数倍に拡大しようとすると、これまで以上の顧客に自社の商品やサービスを認知してもらうところから着手しなければなりません。ステークホルダーが増えるため、関係の構築力や調整力が一層求められるはずです。

ここで従来の方法に固執すると、売上は思うように拡大しません。営業の場合、従来の方法をすべて手放す必要はないものの、次のステージを目指すためには、新たな観点を取り込んでアンラーニングを推進する必要があります。

松下

私の経験からも、常に売上を上げる営業担当者は学びの姿勢を持っていると感じます。積極的に学ぶ担当者とそうでない担当者にはどのような違いがあるとお考えでしょうか?

松尾

目標の志向性には、人には他者から認められたいという「業績志向性」と、自分が成長したいという「学習志向性」の2つがあります。2つは並存していますが、学習志向性が優位なほうが成果は継続的に出やすいです。

業績志向性が強いと、「売上が低迷すれば他者からの評価が低下する」という恐怖心が生じます。恐怖心が過度に大きくなると、守りの営業に陥り、成長が阻害されることがあります。一方、学習志向性が強い人は、失敗を恐れずチャレンジし、新しい売り方を模索します。継続的な成長のためには学習志向性を高めることが重要なのです。新しい方法への挑戦意欲がある人は、継続的にアンラーニングができるでしょう。

AI時代には、リスキリングではない。必要なのはアップスキリング

松下

経験学習とアンラーニングを営業現場で実践する際には、現在の市場環境への理解も重要だと思います。松尾先生が最近感じている変化を教えていただけますか。

松尾

「リスキリング」という言葉が、よく使われるようになりました。リスキリングとは、他職種への転職で必要となるスキルを習得することを意味する言葉です。一方、「アップスキリング」という概念があります。アップスキリングは、現在の職務で、より高度なスキルを習得することを意味する言葉です。両者は似たような言葉ですが、AIとの関係で見ると、大きく異なります。

AIの急速な発展を背景に、「人間の職業が消滅するのではないか」という懸念が昨今高まっているのは言うまでもないでしょう。このような環境下で、仕事を維持するためにどうすべきかが問われているのです。リスキリングを通じて他職種への転職を試みたとしても、再就職先の分野での経験が浅いため、AIに仕事を奪われるリスクは消せません。

むしろ重要なのは、AIにはできない高度なスキルを現在の職種で習得することです。営業職にも、同様の指摘ができます。単なる御用聞きのような営業活動はAIに取って代わられる可能性が高いです。しかし、顧客の潜在的なニーズを引き出し、複雑な問題解決を提案する能力を身につけられれば、AIに仕事を奪われずに済む可能性が高くなります。

松下

確かに、一段階上の提案ができるスキルを備えた営業担当者はアップスキリングを継続的に実行しています。「この段階ではこのレベルのスキルで十分」という思考に甘んじず、常に次のレベルへ進む姿勢を維持していますね。

危機感で外から・学習志向性で内から、アンラーニングを実行&加速せよ

松尾

アンラーニングが実行される背景には、2つの源泉があります。1つは危機感、もう1つは学習志向性です。

危機感とは、「このままでは競争に負ける」「市場から取り残される」などの認識で、外部環境からの強制的な圧力です。トヨタ自動車株式会社は、危機感を組織文化に意識的に組み込んでいるといいます。「電動化の波の中で、従来の自動車製造では生き残れない」という危機感が、イノベーション推進の源泉となっているわけです。

イノベーションは往々にして、外的な危機感から生じます。市場の脅威が認識されると、組織は必然的に変化を求めるようになるからです。しかし、危機感のみでは人間の心理は前向きに機能しません。危機感があるだけでは、人々は萎縮し、疲弊してしまうのです。

そこで必要となるのが、学習志向性という内発的な動機です。「危機を乗り越えるために、自分たちが成長しよう」という希望が危機感と組み合わさって初めて、継続的な変化が可能になります。

かつては5〜10年という期間をかけてスキルを高度化できました。しかし現在は、時間的な余裕がありません。AIの発展や市場環境の急速な変化に対応するためには、アンラーニングのサイクル自体を加速させることが不可欠です。アップスキリングを実現するために「アップデート学習」であるアンラーニングが必要であり、その実行スピードの加速が求められている。これが現代の営業組織に課せられた課題なのです。

営業に成功したマネージャーは「罠」に陥る

松下

営業現場の課題として、成功体験が次の成長を阻害することが多いように感じています。私自身もそのようなケースを数多く経験してきました。

松尾

ご指摘のとおりです。営業現場においては、過去の成功体験が成長を著しく阻害する現象が頻繁に生じています。「成功の罠」と呼ばれる現象です。

典型例として、マネージャーによる成功体験の押し付けが挙げられます。マネージャーが過去に実践して成功した営業手法を部下に強く推奨し、自分のコピーになることを求める。「このようなアプローチであれば売上が生じる」という指示が行われるわけです。

過去に成功を収めた手法を若い担当者に伝えたいとの心情は自然なものでしょう。しかし、市場環境は刻々と変化しています。同じアプローチでは顧客の期待を満たせなくなっているのです。ここを忘れたときに成功の罠にかかります。

業績志向性が強いマネージャーは、このような傾向が特に強いです。成果を出している事実が、現在のアプローチは完全だとの誤解を生じさせるのです。「これでいい」という満足感が生じた時点で、改革への動機は失われます。新しい方法を「現在の成功を危険にさらす行為」と認識してしまうわけですね。しかし実際には、市場環境の変化に対応できない戦略はいずれ機能しなくなります

新たなアプローチや思考法が、変革・改善・成長をもたらす

松尾

成功の罠を打破するためには、マネージャーが自らアンラーニングを実践すること、その姿勢を組織に示すことが大切です。「従来のアプローチには限界がある」との認識を示しながら新たな方法にマネージャーが挑戦すれば、部下も変化に抵抗を感じにくくなるはずです。そして、組織文化の変革につながるでしょう。

私は現在、新著の執筆を進めています。すでに発表した著作を超える水準のものを創出するためには、従来の手法では足りない部分があると、執筆の過程で気づきました。このように、過去の成功事例を分析すると改善の余地が見えてくるのです。 成功の中にも改善点が存在します。改善を追求するためには、異なるアプローチや思考法が必要です。言うのは簡単ですが、実際に取り組むと大きな困難を感じるはずです。しかし同時に、この困難な過程こそが人や組織を成長させる機会になります。

経験学習・アンラーニング・アップスキリングで営業組織に変革を

営業パーソン自身はもちろん、組織全体や部下が「売れる」ようになるためのヒントを松尾教授が多く教えてくださいました。

経験学習によって成功パターンを見つけて再現性を高める。古くなったアプローチや考え方をアンラーニングしていく。アップスキリングを意識して、AIにできない高度なスキルを習得していく。これらを、個人だけでなく組織全体で、マネージャー自らが姿勢で示しつつ取り組むことで、組織全体が変革していくと松尾教授に教えていただきました。

まだまだ多くの話を松尾教授に伺えたので、後編では、成長を継続できる組織の共通点や、営業の現場で経験学習とアンラーニングを実践する具体的な方法について紹介します。

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